真岡市 仏生寺(日光開山 勝道上人の生誕地)に行ってみた。2013/12/30

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真岡市 仏生寺の門前にある池が、寒さで凍っています。
これは、アサザなのかな??紅く色づいた葉もありますが、
氷の中ですね。

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池の氷のうえには、風花でも飛ばされてきたのかと思う白い綿。

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あっ、ガマの穂の種が飛んだんだ。

まるで粉雪。

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そんな、仏生寺です。

あまり知名度のない里のお寺。

 なぜ、ここへ来たのか??でっすて。

じつは、オイラ、ここにすごーーく興味がありまして。

栃木県をぶらぶらして、わかったことは、
今から1200年以上前に栃木県にスーパーマンのような人がいたということ。

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日光を開山した「勝道上人」です。

栃木市の満願寺で修行して、古峰ケ原でも修行して、日光を制覇した方。


その「勝道上人」の生誕地なんです。

なにゆえ真岡の地で生まれ、日光の山を開いたのか??

宗教の道を行くものでもあり、まるで現代のアルピニストのようなものでもある。

なぜ、日光を目指したのか。

ここへ来る途中の道でわかったことは、
 ここからでも日光の男体山は大きく見えて雪山だったこと。

つまり、天に近い高い山にあこがれたのでは、と思いました。
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案内板
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栃木県指定史跡 日光開山勝道上人(しょうどうしょうにん)誕生地(昭和32年8月30日指定)
上人は、天平7年(735)7月芳賀郡大内庄高岡(現真岡市南高岡)字卯ノ木花錫状嶽の麓(現真言宗仏生寺境内)で生まれた。(父 下野国府の次官若田高藤介、母 芳賀郡高岡吉田主典の娘明寿)
上人は幼名を、藤糸丸と称したが、幼い頃から仏心厚く20歳の時出流(いずる:現栃木市満願寺)の洞窟に籠もって修行し、のちに薬師寺(現河内郡南河内町⇒現在は合併により下野市)に至り、5年間、この寺で修行し、名を改めた。後に日光山に入り苦行を積み重ね、日光山内に四本龍寺を建立し次いで中禅寺湖畔に二荒山神社奥社を祀り、立木観音堂を建立、山岳信仰の基礎をつくった。
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ずいぶんと落ち着いた趣のある雰囲気のお寺。


門のところには、樹齢約700年のケヤキの大木が2本。
「とちぎ名木100選」にもなっている。


春とか秋とかの季節だと、また違った風景が楽しめるかも。

また、いつか来よう。


車の中では、

中島美嘉 『桜色舞うころ』
 http://www.youtube.com/watch?v=P1zg-7Pn17M

を、かけていた。

うーーむ、なかなかの名曲だ。




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